大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)1665号 判決

判  決

箕面市桜町一六〇番地

控訴人

里房吉

前同所

控訴人

里正弥

右両名訴訟代理人弁護士

河本尚

豊中市服部南町三丁目六三番地

被控訴人

豊海実業株式会社

右代表者代表取締役

飯高蔵司

右訴訟代理人弁護士

塩見三俊

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人等代理人は主文同旨の判決を求め、

被控訴人代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。

控被訴人の主張は、以下に補充する外、原判決事実記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

被控訴人代理人は、

「被控訴人は、控訴人房吉との間に、一部弁済により控訴人房吉の本件債務残額が当初の元金債務額以下になつた場合でも、本件家屋を債務残額と同額とみなしてこれを右残存債務の代物弁済として取得できる、旨の代物弁済予約を締結した。

控訴人等主張の公序良俗違反の主張事実を否認する。本件家屋は、箕面市役所備付の固定資産課税台帳に、昭和三四年度固定資産税価格四九一、〇〇〇円と記載されている上、昭和三三年一一月一八日受付第五六三一号を以て住宅金融公庫のため債権額金三二〇、〇〇〇円利息年五分五厘遅滞後の損害金金一〇〇円につき一日金四銭の約定の先順位の抵当権設定登記がなされており、昭和三四年七月一日当時右被担保債権は全く払われていなかつた。」

と述べ、

控訴人等代理人は、

「被控訴人主張の事実中、被控訴人が昭和三三年一一月一九日控訴人房吉に対し金三五〇、〇〇〇円を弁済期限同年一二月一八日の約定(ただし利息は年四割の割合)で貸与したこと、被控訴人が弁済期限を昭和三四年三月末日まで延期したこと、控訴人房吉が、同年一月三一日に元金一五〇、〇〇〇円、同年三月末日までに同日までの利息の各支払をしたが、その余の支払をしていないこと、控訴人房吉所有の本件家屋について被控訴人主張の仮登記及び本登記がなされていることは認める。

被控訴人主張の、本件家屋を債務残額と同額とみなしてこれを右残存債務の代物弁済として取得できる旨の約定の成立、代物弁済予約完結の意思表示の存在、従つて被控訴人の本件家屋所有権取得を否認する。

仮りに、被控訴人主張の、代物弁済予約及び予約完結の意思表示がなされたとしても、本件家屋の時価は金一、二〇〇、〇〇〇円相当であり、右代物弁済予約は、被控訴人が控訴人房吉の窮迫に乗じ締結されたものであるから、公序良俗に反し、無効である。」

と述べ、

証拠省略

理由

被控訴人が昭和三三年一一月一九日控訴人房吉に対し金三五〇、〇〇〇円を弁済期同年一二月一八日の約定で貸与したこと、右貸付日に控訴人房吉所有の本件家屋について代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされたこと、被控訴人が弁済期限を昭和三四年三月末日まで延期したこと、控訴人房吉が同年一月三一日に元金一五〇、〇〇〇円、同年三月末日までに同日までの利息の各支払をしたが、その余の支払をしていないこと、同年一〇月八日本件家屋について前記仮登記の本登記がなされたこと、以上の事実は当事者間に争がない。

被控訴人は、「被控訴人は、控訴人房吉との間に、一部弁済により控訴人房吉の本件債務残額が当初の元金債務額以下になつた場合でも、本件家屋を債務残額と同額とみなしてこれを右残存債務の代物弁済として取得できる、旨の代物弁済予約を締結した。」と主張する。

しかし、甲第二号証の一(通知書)のこの点に関する記載内容は、被控訴人の一方的主張であつて、これのみでは被控訴人主張の約定の成立を認定し難く、この点に関する契約証書である抵当権設定金員借用証書(甲第一号証)第六条には、「債務者は債権者に対し本契約に依る抵当権の目的たる物件に対し代物弁済に依る所有権移転請求権保全の仮登記を為すこと、若し債務不履行のときは代物弁済として其の所有権を移転することを承諾する、且之に必要なる書類を予め債権者に交付し置くことを特約したり、但し本契約の抵当権を実行すると代物弁済による権利消滅の方法を採るとは一に債権者の自由たる選択に依るも異議のないこと。」と記載してあるのみであつて、これによつて被控訴人主張の約定の成立を認定することはできない。他の右事実を認めるに足る証拠はない。

ところで、貸金債権の担保のために、不動産に抵当権を設定するとともに、債権者の選択により、その債権の弁済に代えてその不動産の所有権を債権者に移転する、いわゆる代物弁済一方の予約を締結したが、一部弁済により債権残額が当初の貸金元金額以下になつた場合、本件の如く、この場合に関する特別の約定の成立の認められないとき、債権者は、当初の貸金元金額と債権残額との差額を債務者に返還するという債務負担付で、残存債権の代物弁済として不動産の所有権を取得できる、趣旨の代物弁済予約完結権を有する、と解するのを相当とする。

よつて、被控訴人が上記認定の趣旨の予約完結権を行使したか否かについて判断する。

被控訴人は、「被控訴人は、控訴人房吉に対し、昭和三四年七月一日到達の内容証明郵便をもつて予約完結の意思表示をした。」と主張する。

成立に争ない甲第二号証の一、二によれば、被控訴人より控訴人房吉宛の昭和三四年七月一日到達の内容証明郵便物たる通知書には、「通知人は昭和三三年一一月一九日貴殿に対し金三十五万円也を弁済期日を昭和三三年一二月一八日利息年一割八分と定め元金と同時に利息を一括支払を為すこと期限後は違約損害金として金百円につき日歩九銭八厘の定めにて貸付けたる処、貴殿は元金中へ金十五万円也を支払いたるのみにして残元金二十万円及び之に対する昭和三四年四月一日以降同三四年六月末日迄日歩九銭八厘の割合なる損害金一万七千八百三十六円也以上合計金二十一万七千八百三十六円也は今に支払なし、然る処当初の契約によれば貴殿は右債権を保全する為貴殿所有にかかる本件家屋に対し第二順位の抵当権設定登記及び債務不履行のときは残債務の代物弁済としてその所有権を通知人に移転する旨約諾なされたるにより、通知人は右債権二十一万七千八百三十六円也の弁済に代え右不動産を以て代物弁済ありたるものとし通知人之が所有権を取得したので此段御通知申上候。」と記載されていることが認められる。右記載によれば、右通知書による意思表示は、被控訴人主張の代物弁済に関する約定の成立を前提として、その約定に基く完結の意思表示としてなされており、当初の元金額と債権残額との差額を返還する債務を負担しない意思を明かに示している。

右通知書による意思表示のように、当初の元金額と債権残額との差額を返還する債務を負担しない意思を示した完結の意思表示は、上記認定の趣旨の予約完結権行使の効果を発生する完結の意思表示と認めることはできない。(これを認めると、被控訴人にその意思に反して当初の元金額と債務残額との差額を返還する債務を負担させることになる。)

よつて、右通知書による意思表示により本件家屋の所有権を取得したことを前提とする、被控訴人の本訴請求は、その余の判断をなすまでもなく、失当であるから、これを棄却すべく、これと同旨でない原判決を取消し、民事訴訟法第八九条第九五条を適用し、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第八民事部

裁判長裁判官 石 井 末 一

裁判官 小 西  勝

裁判官 井野口  勤

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例